差異と同一性/私の文章

そいや昨日うちのゼミの先生の授業で差異と同一性の話になって、アイデンティティとか言ってると差異っていうことを忘れがちになるってことを言ってた時にはっとした。
私をはじめ、沢山の人間はアイデンティティとかいって自分のコアみたいなものを探し求め続けてる。けど、「差異」を常に考えてりゃ私はもう少し楽になれるかもしれない。常識とかそういうのを抜きにして。「自分とはこうあるものだ」っていう縛りは「差異」をきっかけに解けるのかも。
こうやって文章を書いていると、いかに自分の書く事が高校の時と変わってないように感じる。
いや、高校の方がもっと悩んで、もっと詩人チックだったのかな?
高校生の時に憧れてた「ライブに行きまくって、それ系かちょっとオシャレなバイトをして」みたいな自分にはなれなかったよ。ごめん、高校の時の根暗で夢見がちな自分。すっかり俗っぽくなってしまった自分に泣きそうだ。今サークル活動が少なめでも遅いさ。1年もない学生生活です。就職も決まっていません。
けど、「差異」ですよ。今からでも変わることができるんだよ。